読書の記憶 八冊目:銀河鉄道の夜(宮澤賢治)

小学2年生の時の話。 僕は休みの日にひとりで留守番をすることになった。生まれて初めての留守番だった。母親に「(留守番の日に)これで何か好きなものを買ってきなさい」と、300円を渡された。400円だったかもしれない。くわしくは忘れてしまったけれど、こづかいをもらった僕は留守番の不安や煩わしさよりも「一人でお菓子を買いに行く」というイベントの方に興味が向いてしまっていた。 

留守番の当日、僕は一人で近所の店へ出かけていった。地元の商店街にある家族で経営しているような小さな店で、食料品から生活雑貨まで色々と並べてあるようなところだった。僕はそこでお菓子を物色したあと、チューインガムを2個選んでレジに向かった。その時の僕は「ガムを大きく膨らませる」ことに夢中になっていたので、2個買えばたっぷりと練習ができると思ったのだ。

レジの店員は、僕に向かって「ボク一人? おかあさんは?」と聞いてきた。僕は「いない」とか「ひとりで留守番してる」というようなことを答えた。すると店員は「2個もガムを買って大丈夫? おかあさんは知っているの?」というようなことを聞いてきた。僕は「大丈夫」と答えた。店員は「ほんとうに?」というようなことを何度か僕に聞いてから、後ろにいた別の店員と何かを話したあと、ようやく僕にガムを渡してよこした。
僕はなんとなくモヤモヤとした気持ちを抱えながらも、ひとりで家に帰って、ガムを噛んでふくらませる練習を始めた。1粒よりも2粒食べると大きく膨らませることができるということと、さらに1粒加えて3粒にしてもさほど大きくならないということを知った。なかなかの収穫だと思った。やはり2個買って正解だったと思った。

数日後、僕は母親と一緒にその店に買い物へ行った。店員は母親を見つけると「この前、ボクがガムを2個買いにきたのですが・・・」というようなことを話しかけてきた。母親は「ああ、大丈夫です。ありがとうございます」というようなことを言っていた。その時の僕は、店員と母親が何を話しているのかはよくわからなかったけれど「この店員さんに、何か疑われているようだ」ということは、うすうすと感じとっていた。店員にしてみれば親切な気持ちだったのかもしれないが、子供の僕にとっては「自分が疑われている」という居心地の悪さのようなものを感じていたのだった。 
そんなことがあった後も、時折母親はこづかいをもたせてくれて「好きなのを買ってきなさい」と、その店に行かせてくれた。あの店員は「おかあさんは?」とは、もう聞いてこなかった。僕もガムを買う時は1個だけにすることにした。

宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」の中に、ジョバンニが家に届いていなかった牛乳を取りに店に行く場面がある。年老いた女の人は「いま誰もいないのでわかりません。あしたにして下さい。」とジョバンニを追い返そうとする。「おっかさんが病気なんですから今晩でないと困るんです。」と、懸命にくいさがるジョバンニ。この場面を読んだ時僕の頭の中には、あの時の店員とのやりとりが浮かんでいた。

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