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【文学音声セミナー】芥川龍之介の作品を解説

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芥川龍之介の作品を「あらすじ」から解説
芥川龍之介の作品を音声で解説。前半は作品の「あらすじ」について。後半は作品について私(佐藤)なりに解説しています。はじめて読む人にも、学生のころに読んでいて再読してみたいと考えている人も、作品を楽しむきっかけに活用してもらえると幸いです。
※「あらすじ」の解説にはネタばれが含まれます。
芥川龍之介「羅生門」
芥川龍之介「鼻」
芥川龍之介「芋粥」

「鼻 芥川龍之介」読書の記憶(九十九冊目)

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中学1年生の時の話。まもなく夏休みが終わろうとしている、八月も末のころだった。クラスメイトのSから「明日、委員長の家に遊びに行ってもいいか」と連絡があった。(その時僕は学級委員をしていたので、みんなから委員長と呼ばれていた) 特に用事もなかった僕は、いいよと答えた。

翌日の午後、SはクラスメイトのOと一緒にやってきた。Sは僕の部屋にくるとすぐに「読書感想文の小説を貸してくれ」と言った。どんなのがいい? と聞くと「有名なやつで、短くて、面白いやつ」という。僕は、そんな都合の良いものはないよ、と言いながら、夏目漱石の「坊っちゃん」を本棚から取り出してSに手渡した。

Sは「夏目漱石? うん、これは聞いたことがある」といいながらパラパラとめくると「長すぎる! こんなの読み終わるまでに夏休みが終わってしまう」と突き返してきた。このくらい頑張って読めよ、と言っても全く興味を示さなかったので、次に僕は芥川龍之介の「鼻」を見せた。

「鼻」のページ数を確認したSは「うーん、このくらいなら読めそうだ」と言った。そして「これ、委員長は読んだんだよね?」と確認してきた。  読んだよ、と僕は答えた。「どんな話か教えてくれよ」とSが言った。すると横にいたOが「内容を教えてもらったら、読書感想文にならないだろう」と言った。Sは「ちゃんと読むけどさ、すこし教えてもらった方が書きやすいと思ってさ」などと、よくわからない理由をごにょごにょと繰り返した。

Sは「じゃあ、これ借りるよ」と鞄の中に本を入れると、Oに「お前は借りなくていいのか?」と言った。Oは、僕は書き終わったからいいんだ、と言った。何を読んだんだよ、とSが聞いても、Oはニコニコと笑いながらはぐらかすようにして、読んだ本の題名を教えてくれることはなかった。


人間の心には互に矛盾した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。所がその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。(芥川龍之介 鼻より)


夏が終わりに近づく、ちょうど今くらいの時期になると、時々ここに書いたことを思い出す。中一の冬に転校してしまった僕は、あれから二人には会っていない。たぶん再会したとしても、お互いを認識できないと思う。それでもどこかで会う機会があるとするならば、Sには「鼻」の感想をOには何の本を読んだ…

「春の夜 芥川龍之介」読書の記憶(九十三冊目)

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「さっき、あなたに、そっくりの人を見ました」
会社勤めをしていた時の話。私はいつものように駐車場に車を停めて会社へ向かっていた。エレベーターの前で扉が開くのを待っていると、あとからやってきた同僚が、私の顔を見て驚いたような表情をした。
「佐藤さん、さっきあそこのコンビニのところにいましたよね」とその人は言う。 「駐車場からきたので、そっちには行ってませんよ」と私は答える。 「さっき、佐藤さんとそっくりの人をコンビニで見たんですよ。あれは、佐藤さんのドッペルゲンガーかもしれない」
私はその同僚から、ドッペルゲンガーの説明と「自分のドッペルゲンガーに会うと、死んでしまうらしい」などという物騒な話を聞かされることになった。私は「死ぬのは嫌だが、そんなに似ている人がいるなら見て見たい」と恐怖よりも好奇心の方が勝り、時折そのコンビニを覗いてみたりしたのだが、結局その会社に勤めている間に、ドッペルゲンガーらしき人物を見かける事はなかった。

春の夜 芥川龍之介 誰か一人ぶらさがるように後ろからNさんに抱きついたものがある。Nさんは勿論びっくりした。が、その上にも驚いたことには思わずたじたじとなりながら、肩越しに相手をふり返ると、闇の中にもちらりと見えた顔が清太郎と少しも変らないことである。いや、変らないのは顔ばかりではない。五分刈りに刈った頭でも、紺飛白らしい着物でも、ほとんど清太郎とそっくりである。(春の夜 芥川龍之介より)


「清太郎?――ですね。あなたはその人が好きだったんでしょう?」(春の夜 芥川龍之介より)

芥川龍之介の「春の夜」を読んだ時、ここに書いた事を思い出した。あれから今まで、私は自分のドッペルゲンガーに会ったことはない。おそらくこれからもないだろう。でも自分の「それ」ではなく、むかし気になっていた女性の「それ」には、会ってみたいような気がする。
芥川龍之介 春の夜

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「杜子春 芥川龍之介」読書の記憶(七十九冊目)

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コーヒーを断って、願掛けをした話。
20代後半だったと思う。その頃「達成したい目標」があった私は「願掛け」をしようと考えた。やることはやっていたつもりだったが、そこにプラスアルファが欲しいと感じたのだった。そこで思い浮かんだのが「昔の人は願掛けとして、塩断ち、お茶断ちをした」という、何かの本で読んだ一文だった。
「塩断ち」は、現実的に実行するのが難しいと思った。しかし「お茶断ち」ならできそうだ。自分の場合は、お茶よりコーヒーを飲む方が多いので「コーヒー断ち」にしよう。目標を達成した時に飲むコーヒーは、きっと今までで最高の一杯になるに違いない。そう考えて挑戦することにしたのだった。
コーヒー断ちを始めて、二ヶ月くらいが過ぎた時だった。夏の陽射しが燦々と降り注ぐ、暑い一日だったことを覚えている。その日、車のディーラーに用事があった私は、しばらく営業の方と話をしてから外に出た。駐車場に止めておいた自分の車に乗り込んで出発した時、ふと気がついた。


「今オレ、出されたアイスコーヒーを飲んでしまった!」

話に夢中になって、無意識のうちに出されたコーヒーを飲んでしまっていた。二ヶ月ぶりの一杯は、まったく「記憶も感動も残らない一杯」で終了してしまったのだった。



杜子春 芥川龍之介
「たといどんなことが起ろうとも、決して声を出すのではないぞ。もし一言でも口を利いたら、お前は到底仙人にはなれないものだと覚悟をしろ。好いか。天地が裂けても、黙っているのだぞ(杜子春 芥川龍之介)」

芥川龍之介の「杜子春」には、仙人になるために「何があってもひとことも話さない」試練に立ち向かう若者(杜子春)が登場する。どんなに酷い目にあっても口を開かないその様子からは「絶対に仙人になる」という強烈な意志が感じられる。ここまで耐えるのならば仙人になれるかもしれない、と思えてくる。

ところであの時私は「何を実現したくて、コーヒー断ちをした」のだろう? そこそこ真剣だったはずなのだが、今ではすっかり忘れてしまった。そもそもその程度の目標だから、あっさりと飲んでしまったのだろうと思う。


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「愛読書の印象 芥川龍之介」読書の記憶(六十六冊)

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「人の名前や地名」を覚えることが苦手だった。映画や小説を読んでいる時に「〇〇はどうした?」などのセリフが出ると「〇〇って誰だった?」と前に戻って調べる事も少なくない。というより、かなりある。暗記法のようなことを試してみたこともあったのだけど、やはりうまくいかない。思い出せないもどかしさ。これはわりと深刻なストレスである。


以前、勤めていた進学塾の塾長先生は生徒の名前を覚えることがとても早く、入会したばかりの生徒でも「〇〇さん、英語の授業はどうでしたか?」と、名前を呼んで話しかけているのをよく目にした。一度「どうやれば、そんなに早く生徒の名前を覚えられるのですか?」と聞いてみた。すると「私がこの仕事を始めた時に、先輩から『まずは生徒の名前を覚えること』と言われたので、それをずっと実行している。特にコツのようなものはない」という言葉が返ってきた。やはり努力の賜物なのだな、と感心した。それから心を入れ替えて覚えようと試みたものの、なかなかうまくいかないので、結局常に名簿を持ち歩いて、名前を呼ぶ時には確認するようにしていた。つまりそう、挫折したのだった。

最近ではスマートフォンを持ち歩いているので、わからないことがあればすぐに検索して調べてしまう。細かな事を覚える必要がなくなってきたので、この調子で行くと、ますます記憶力が衰えていくのではないか?といささか不安にもなったりしている。しかしそのかわり、と言ったら変かもしれないが、映画の場面や小説の一文などは割と細かいところを覚えていることも多いので記憶力全体をプラスマイナスで考えたら、なんとか「ややマイナス」まで戻せるのかな、と自分自身を庇ってみた。

愛読書の印象 芥川龍之介 芥川龍之介「愛読書の印象」の中に「一時は「水滸伝」の中の一百八人の豪傑の名前を悉く諳記してゐたことがある。(愛読書の印象 芥川龍之介より)」と言う一文がある。芥川は「よし、一百八人を全員覚えよう」と気合を入れて覚えたのだろうか。それとも繰り返し読むうちに、なんとなく覚えたのか? そこまでは書かれていないのでわからないけれど、想像してみるに「ちょっと本気を出してみようかな」と、三日くらい集中して覚えてしまったのではないか? いや、芥川はかなりの速読&多読だったらしいので、あの天才的な頭脳と組み合わせれば一日ほどでおおかた覚えてしまったのかもしれない。
ちな…

「早春 芥川龍之介」読書の記憶(六十五冊)

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僕は、待ち合わせをする時は大体15分前には、目的地周辺に到着するようにしている。周辺をぶらぶらと散歩しつつ、時間になったら待ち合わせの場所に向かうことが多い。几帳面と言うよりは、時間ギリギリに出発して渋滞などに巻き込まれたりして「間に合うか?大丈夫か?」などと気にして焦るのが嫌なので、それなら少し早めに行ってゆっくり行動した方がいい、と思っているからだ。
しかし、一度だけ相手を1時間ほど待たせたことがある。あれは僕がまだ学生で、携帯電話もメールも存在していなかった時代のことである。
その時も僕は、時間通りに向かったつもりだった。ところが相手は僕が到着する1時間前にそこに到着していて待っていたのだと言う。話を聞いてみると事前の電話で僕が、「3時の待ち合わせにしよう。あ、でも2時でも大丈夫かな。いややっぱり3時かな」と言ったのだそうだ。
相手はメモを残していなかったので、2時か3時か記憶が曖昧になってしまい、待ち合わせ当日、僕の家に電話をかけて確認しようとしたらしい。ところがすでに僕は外出していて連絡が取れなかったので、2時に来たのだと言う。今ならば、メールや携帯電話ですぐに確認できる。しかし当時はメールはもちろん、携帯電話どころか電話も家に一台しかなかったので、タイミングを外すとこんなことになってしまうのだった。物心がついた頃から、既に携帯電話を知っている世代の人達には、考えられないエピソードだと思う。

早春 芥川龍之介
二時四十分。  二時四十五分。 三時。  三時五分。 三時十分になった時である。中村は春のオヴァ・コオトの下にしみじみと寒さを感じながら、人気のない爬虫類の標本室を後ろに石の階段を下りて行った。いつもちょうど日の暮のように仄暗い石の階段を。「芥川龍之介早春より一部抜粋」


芥川龍之介の「早春」を読んだとき、この時のことを思い出した。あれからもう20年以上の時間が過ぎた。あの時から今まで、相手を1時間以上も待たせた事は今のところ1度もない。多分ない。いや忘れていなければきっとない。


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「鑑定 芥川龍之介」読書の記憶(六十四冊)

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今から8年ほど前の話。ある会社の経営者の方(ここではA氏とする)から「会社のキャッチコピーを書いてほしい」と依頼を受けた。「近々、ホームページと会社のパンフレットを作成するので、それに合わせてキャッチコピーを新しくしたい」とのこと。
会社のキャッチコピー(コーポレートスローガン)は、数年にわたって使用されるものなので「時間を乗り越えていける言葉」を探していく必要がある。時間軸を現在から未来へと移し、そこまでの道筋を行ったりきたりしながら考えてみたりもする。なかなか時間も労力も必要になるけれど、個人的には好きな仕事のひとつである。
僕は、いつものように取材と打ち合わせを何度か繰り返した後、出来上がったキャッチコピーをプレゼンした。Aさんは「これで勝負します!」と、その中のひとつを指差した。どうやら気に入っていただけたようだ。ほっ、と肩の荷を下ろして、椅子に腰掛ける。
その日の帰り際だった。「色紙を用意しますので、何か一筆書いて欲しい」とA氏に声をかけられた。「将来価値が出ると思うから、今のうちに佐藤さんのサインをもらっておきたい」と冗談とも本気ともわからないような事を、頼まれてしまったのだった。


のみならず彼等の或者は「兎に角無名の天才は安上りで好いよ」などと云つて、いやににやにや笑ひさへした。(芥川龍之介 鑑定より)

今のところ、僕のサインの価値は上がる様子を見せない。あの時「そうですか、では一筆」などと調子に乗って書かなくてよかった。もしも書いていたのなら、価値が上がるのではなく失笑の数だけが増えていたに違いない。芥川龍之介の「鑑定」を読みながら、そんな事を思い出したのでした。


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「漱石山房の秋 芥川龍之介」読書の記憶 五十九冊目

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今年の宮城には夏がなかった。 7月の上旬こそ、ああ今年の夏も暑くなりそうだ、というような日々が一週間ほど続いたものの、そこからは夏らしい陽射しが降り注ぐ日は、ほとんどなかった。
気象台の発表によると「36日連続降雨」という記録を更新したのだそうだ。確かに、外出する時には傘を持って出かけることがほとんどだった。天気予報が「くもり」だとしても折りたたみ傘は必ず持ち歩いていたし、役立つことの方が多かった。エアコン代は節約できたけれど、洗濯物が乾かないからコインランドリーの乾燥機代がバカにならなかった。なによりも、毎年楽しみにしていた花火大会が霧でほとんど見えなかったのには、なんともいえない寂しさがあった。

そして季節は「今年の夏をやり直す」ということはなく、確実に秋への移行を始めていた。日は短くなり、朝晩の気温も下がってきた。軽く走ってもそこまで汗が流れることもない。何をするにも過ごしやすい気候である。果物もうまい。過ぎ去った夏に未練を感じている場合ではない。

晩飯に栗ご飯を食べ、秋の夜長に本を読もうかと考えた。ふと「秋」に関する作品は、どのようなものがあるだろうかと考えてみた。一番最初に頭に浮かんだ作品が、芥川龍之介の「漱石山房の秋」だった。ほかにも秋に関する作品はたくさんあるというのに、なぜこの作品が思い浮かんだのかはわからない。わからないが、せっかくなので読み返してみることにした。


傍には瀬戸火鉢の鉄瓶が虫の啼くやうに沸つてゐる。もし夜寒が甚しければ、少し離れた瓦斯煖炉にも赤々と火が動いてゐる。(漱石山房の秋より)
そういえば、まだ風鈴を片付けていなかった。昨年、盛岡へ出かけた時に買ってきた南部鉄器の風鈴で、静かだけれど遠くにまで響く音がする。あれを片付けてから、時間のある時に鉄瓶を探しに出かけてみようかな、と思った。


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「魔術 芥川龍之介」読書の記憶 五十七冊目

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自分は「マニュアル世代」と呼ばれる世代になるらしい。どちらかというと、この「マニュアル世代」という言葉は「マニュアルがなければ何もできない」と、批判的なニュアンスで使われていたような印象がある。「マニュアルのお陰で効率良く作業は進められるが、逆にマニュアルに書かれていないことには対応できない。つまり自分の頭で考えて行動することができない」といった類の批判だったように記憶している。

そういえば、小論文の練習課題か何かのレポートだったかで「マニュアル世代の問題点」のようなテーマで、書いたような記憶がある。当時は「自分の頭で考えることが重要」のような内容で書いたが、実際には「マニュアルで事前にシュミレーションできる事により余裕が生まれるので、弊害よりも利益の方が多い」と思っていた。そもそも「自分の頭で考えろ」と口にする人は、本当に自分の頭で考えているのだろうか、とさえ感じていた。生意気な若者である。
もしも人生にマニュアルが存在し、事前に対応方法をシュミレーションすることができたならば、どのような人生になるのだろう。うれしいことも「このようにすれば100%うまくいく」という手順を知ることができたのなら、喜びは消失するだろうか。いや、意外とそれはそれで嬉しいような気がする。最悪な事項も、対処法の手順があると知っていれば、多少は乗り越えやすくなるかもしれない。それ以前に、想定外のできごとなど、そうそう起こりうるものではないのだから、ある程度のことはマニュアルで済ませておいた方がいいのではないか。などと考えてしまうところが「マニュアル世代」なのかもしれない。


「ハッサン・カンの魔術を習おうと思ったら、まず欲を捨てることです。あなたにはそれが出来ますか。(魔術 芥川龍之介)」
どちらにせよ、体験しなければ体得することはできない。実際に痛い目に合わなければ、本気で考えることはできない。欲望はマニュアルでは解決できない。現実の世界は、いつだってマニュアルをはみだしたところに存在する。それを理解していればマニュアル世代と揶揄されることも怖くはない。芥川の魔術を読みながら、そんなことを考えました。


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「槍ヶ岳紀行 芥川龍之介」読書の記憶 四十二冊目

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教科書に掲載されている「歴史上の人物」には、リアリティを感じなかった。確かにこの世界に存在していたことは理解できる。しかし「その世界」は、今自分達が生活している「この世界」とは、どこか次元が異なっているのではないか。彼らと同じ時間の流れの先に、自分達の世界が続いているとは思えない。そんな感覚があった。
博物館などに展示されている「遺品」をガラス越しに眺めた時の、一枚の薄いガラスに大きな隔たりを感じる時のような感覚。あちらとこちらには、別の時間と空気が流れているような、そんな感覚があった。
たとえば今、私たちは、芥川龍之介が書いた作品を読むことができる。彼自身が、実際にペンをとり原稿用紙を埋めていったものを、目にすることができる。理屈では「それ」を理解できる。しかしそこにはどうにもリアリティを感じにくいのだ。彼らが私たちと同じように、一文字一文字埋めていく様子が、どうにもイメージできないのである。なにか魔法のような(つまり、非現実な)技で、ふわりふわりと創作しているような印象を抱いてしまう。彼らは本当に存在したのか? 小説の登場人物のように、架空の世界に存在する架空の人物なのではないか。そんなことを空想してしまうのだった。

槍ヶ岳紀行 芥川龍之介 芥川龍之介の「槍ヶ岳紀行」を読んだ時「ああ、芥川も山に登ったのだ」と思った。自分達と同じように、一歩一歩地面を踏みしめ「山は自然の始にして又終なり(槍ヶ岳紀行より)」と繰り返しながら頂きを目指し、土の上を歩いていったのだ、と思った。
その時私は、芥川が自分達と同じこの世界に存在し呼吸をし汗を流し、ものごとを考えながら生きてたのだ、ということが実感できたような気がした。彼らの作品は、魔法でも別世界から送られてきたものでもなく、自分達と同じ世界で生活をしていた人達が、実際に筆を走らせて書かれたものなのだ、とようやく実感できたような気がしたのだった。


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「微笑 芥川龍之介」読書の記憶 三十六冊目

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中学三年生の初夏。友人と地元の海へ行くことになった。部活動も引退し、時間と体力をもて余していた僕たちは「受験勉強」という課題はひとまず横において「せっかくの夏なのだから、少しくらい夏らしいことをしておこう」と、海へ遊びに出かけたのだった。
着替えを終えると同時に、野球部のKが海の方へ向かって走って行った。Kは全力で波打ち際に走り込み、打ち寄せる波に足をすくわれて見事に転んだ。その転ぶ様子が絵に描いたような豪快な転び方だったので、僕たちは声を揃えて笑った。
Kはニヤニヤしながら、こちらへ戻ってきた。その様子を見た同じ野球部のMが「K、おまえ太ったな」と言った。確かに、部活を引退してまだ数ヶ月だというのに、Kの身体は太り始めているように見えた。Kが何と返事をしたかは忘れてしまった。「そうなんだよ」と肯定したような気もするし、ただニヤニヤと笑っていただけのような気もする。くわしくはもう忘れてしまった。


芥川の「微笑」を読んだ時、この時のKの様子が頭に浮かんできた。全力で砂浜を走っていく、後ろ姿が思い出されてきた。彼は今頃、だいぶ貫禄のある体型になっているだろうか。いやいや、他人のことは言えない。自分も最近ちょっとまずいのだ。


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「蜜柑 芥川龍之介」読書の記憶 三十四冊目

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大学に合格した僕は、宮城から上京することになった。荷物はすでに手配してあるので、旅行鞄をひとつとポータブルカセットプレイヤー(ウォークマンというやつだ)を持って新幹線に乗った。宮城から東京までは2時間。何をして過ごしたのか、何を考えていたのかはもう覚えていない。何か食べただろうか。飲みものはどうしただろうか。どんな服を着て、どのような風景を目にしていたのだろうか。
ただ漠然と覚えているのは、初めて一人暮らしをするという喜びもこれからの不安も全くなかったということだ。ただ、ぼんやりと窓の外を流れる風景や、通路を通り過ぎる人の様子を目に映し、次の駅への到着を知らせる車内放送を耳にしていただけだった。いや、ひとつだけ覚えている。それは一定の間隔を空けてやってくる車内販売を呼び止めて、飲み物を買おうと思いながらもなんとなく照れくさくて声をかけることができなかったということだ。次にやってきたら、声をかけよう。そう、次回来た時には。と考えているうちに2時間の乗車時間は過ぎ去ってしまっていた。
なぜ僕は声をかけることができなかったのだろう。たぶんその理由はひとつだけではなく、ちいさな理由が複数重なり合っていたのだと思う。色々な言葉の破片が頭の中をぐるぐると回って、その中からひとつの言葉を選んで口にする手間よりは、黙ってやり過ごす方を選んだのだと思う。それにそもそも、そう、そもそも本当に飲み物が欲しかったわけではなかったのだと思う。

芥川龍之介の「蜜柑」に登場する娘の姿を想像した時、自分が上京した時のことを思い出した。三等の切符を握りしめながら一人で席に座っている娘と自分とでは、状況が違うことはわかっている。それでも、一人で切符を手にして誰も知人がいない場所へと行こうとしている娘と自分との間には、どこか共通点があるように感じられたのだった。


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「大川の水 芥川龍之介」読書の記憶 三十冊目

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僕は温泉が好きである。
いや、わざわざそんなことを宣言しなくても皆好きだと思うのだけど、なんとなく宣言したくなったので書いてみた。
あらためて、僕は温泉が好きである。 しかし、硫黄臭の強い温泉にはいると、数日「あの匂い」が漂うのが気になってしまう。その時着ていた服も、タオルも、一度洗濯したくらいでは落ちないことが多いので、しばらくの間はタオルを使う度に「うおっ、温泉くせー」と、ひとりごとを言うことになる。
誤解のないように書いておくと、自分自身は「あの匂い」は嫌いではない。むしろ、ほんわかと漂ってくると「うおっ、温泉くせー(ニヤリ)」と、頬が緩んでしまう方である。旅先の思い出などを振り返りながら、また行こう、行けるようにがんばろう、と気合を入れ直したりする方である。ただ、この匂いが苦手な人もいるかもしれないので、嫌がられていないか気になるということである。

香りは昔の記憶を鮮明に思い出させる働きをする、というようなことを何かで読んだことがあるけれど、確かにそれはあると思う。温泉の匂いを嗅ぐ度に、頭の中では、今まで巡った旅先の温泉の記憶が、ぐるぐると混ざりながら回っているのかもしれない。それが、幸福な感覚をもたらしてくれているのかもしれない。
大学の授業で、芥川龍之介の「大川の水」の冒頭は五感を刺激する素晴らしい文章である、というような解説を聞いたことを覚えている。「匂い」という言葉について考えていた時に、このことを思い出した。そしてなぜか、しんみりとした気分になった。


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芋粥 (芥川龍之介) 読書の記憶 二十四冊目

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大学生の時に上京した僕は、アパートを借りて一人暮らしを始めたのだが、今考えてみると「毎日いったい何を食べて生活していたのだろう」と、自分のことながら不思議に思ったりする。

一応、自炊はしていたけれど、そのほとんどが「麺類」で済ませていたことは覚えている。蕎麦、パスタ、ラーメンをローテーションして、卵やベーコンを焼いたり、コロッケを買ってきたりして食事を済ませていたような気がする。
とりわけ蕎麦が好きだったので「簡単だし、毎日蕎麦でもいい」と思っていたくらいだった。いつもだいたい二人前くらいの蕎麦を茹でて、ズルズルとすすって「もう少し食べたいけれど、また茹でるのは面倒だな」と、毎回思っていたような気がする。そして不思議なことに「よし、今日は三人前茹でよう」と実行した時ほど、なぜか食が進まなくて二人前で腹がいっぱいになったものだった。

先日、無性に腹が減った時があって、蕎麦を3.5人前分くらい一気に食べたことがあった。2.25人前くらいまでは何てことなく食べ進み、全然いける、4人前くらいいけるかも、と思っていたのだが、2.5人前を過ぎたあたりから急に満腹感がやってきた。それでも3人前はいけた。しかし、皿の上にはあと0.5人分ほど残っている。できれば食べたくないが、しかし残すのももったいないし、食べようと思えば食べられる感覚もあったので、食べ切ることにした。
食べ終わった時、僕の頭の中には「もう当分の間、蕎麦は食べなくてもいい」という気分で一杯になっていた。「もう食べられない」という気分になったことは、今までも数回あったような気がするが「もう食べなくてもいい」と感じたのは初めてのような気がした。
芥川の芋粥に登場する主人公も、このような気分だったのだろうか。いや彼の場合は、食べる前に胸がいっぱいになったのだった。どちらにせよ、なにごとも「あともう少し」のところで終わりにしておくのが良いのかもしれない。次への楽しみや期待が残るあたりで、やめておいた方が良いのかもしれない。


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トロッコ (芥川龍之介)読書の記憶 三冊目

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小学一年生のころ、鉄棒の練習に躍起になっていた時期があった。逆上がりは、なんとかマスターできたものの鉄棒に座ってそのまま後ろに回る技(正式名称は何というのだろう?)が、怖くてどうしてもできなくて悔しい思いをしていたのだった。この「腰掛け後ろ回り(仮)」ができるかどうかが、僕たちの中では「かっこよさ」を決める重要なポイントだったから、なんとかできるようになりたいと思っていた。

ところが僕は、子供のころから高いところがあまり得意ではなかったので、鉄棒に座ること自体が一苦労。そこから後ろに回ることなんて、どう考えてもできる気がしなかった。「いくぞ! いくぞ!」と自分に声をかけて励ますものの勇気を出せずに、ただ鉄棒に座ったまま時間だけが過ぎていく。そして友人から「○○は、この前の放課後にできるようになった」という報告を聞く度に、先を越された焦りと悔しさと切なさが混ぜこぜになって胸の奥のあたりが、きゅっと締め付けられるような気分になったものだった。

あの日は、半袖から出ていた腕が少し肌寒く感じていたのを覚えているから、たぶん初秋のころだったと思う。僕は、小さなブランコと鉄棒がある近所の公園に一人で練習にきていた。いつものように鉄棒の上に座り、真っ赤に染まった夕焼けの空を眺めていた時、ふいに「今日できなければ、一生できないかも」という衝動に襲われた。「チャンスは今日しかない。今日できなければ明日も明後日も無理。二度とチャンスはない」と、切羽詰まるような感覚だった。夕焼けと肌寒い空気が、そんな風に思わせたのかもしれない。よくはわからないけれど、背中側から誰かに決断を迫られているような、何か重いものにのしかかられているような、そんな感覚で小学生の僕の頭の中はいっぱいになっていた。
鉄棒の上で、葛藤の時間をしばらく繰り返した後、僕はついに意を決して「腰掛け後ろ回り(仮)」を実行した。僕の身体は、拍子抜けするほどあっさりと鉄棒を軸に回転して地面に着地した。うれしい、というよりも「なんだ、これならもっと早く挑戦すればよかった」の気持ちの方が強かったように思う。


芥川龍之介の「トロッコ」を読んだのは、中学生の時。この小説を読み終わった時、僕の頭のなかには「腰掛け後ろ回り(仮)」に初めて挑戦した時のことが思い浮かんでいた。あの時、一人で鉄棒に腰掛けていた僕の気持ちと「トロッコ」の主人公が一人で夕闇…