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人間失格 (太宰治)読書の記憶 四冊目

予備校生だったころの話。そのころ一緒につるんでいた仲間の中にA君という友人がいた。彼は「ボクは、ペシミストなんだよ!」と口にするようなタイプの人間だった。そして太宰の「人間失格」を指差しながら「これはボクだよ!」と言い切るような男だったのだけど、自分で言うくらいだから実際にはペシミストでもナルシストでもなく「自分も他人も傷つけたり傷つけられたりすることが嫌い」な、人付き合いのいい真面目でやさしい男だった。むしろ明るく冗談が好きな男だった。と思う。

そんなA君が恋をした。同じ予備校の子で、小柄で黒目がちの可愛いらしい子だった。中学校の頃には運動部に所属していて(何部に所属していたのかは、聞いたけれど忘れてしまった)身体を動かすのが好きな感じの子。大人しいように見えるけれど、必要な時には自分の意見をちゃんと言える子だった。と思う。

ペシミストなA君は、ペシミストなくせに大胆にも彼女に告白した。そして2人は付き合うことになった。その報告を聞いた時僕は、え? そうなの?  好きな子ってあの子だったのか。別の子だと思っていたよ、と口にしたような気がする。なんだかすごいなあ、と何が凄いのかはわからないけれど、すごい、と何度か口にしたような気がする。

模試が終わった日の夕方だった。A君はこれから彼女とデートするので待ち合わせの場所へ行く、と言った。僕たちは用もないのに、ぞろぞろと待ち合わせの場所に付いていった。しばらく雑談をしながら待っていると、彼女はいつも一緒にいる女の子と待ち合わせの場所にやってきた。そして、A君と彼女は僕たちに向かって「それじゃあ」というような表情をすると、二人で並んで向こう側へ歩いて行ってしまった。残された僕達と彼女の友達は「何か」をもてあましながら、そのままそこに立っていた。

しばしの沈黙のあと、彼女の友達は「えーと・・・」というような感じで僕たちに向かって笑いながら頭を下げると、その場から立ち去っていった。僕たちも、えーと、というような感じで彼女の友達を見送った。


先日久しぶりに太宰治の人間失格を手にした時、この「A君の彼女の友達が、僕たちのところから立ち去っていく」場面を思い出した。記憶というものは、実に唐突なものである。


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トロッコ (芥川龍之介)読書の記憶 三冊目

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小学一年生のころ、鉄棒の練習に躍起になっていた時期があった。逆上がりは、なんとかマスターできたものの鉄棒に座ってそのまま後ろに回る技(正式名称は何というのだろう?)が、怖くてどうしてもできなくて悔しい思いをしていたのだった。この「腰掛け後ろ回り(仮)」ができるかどうかが、僕たちの中では「かっこよさ」を決める重要なポイントだったから、なんとかできるようになりたいと思っていた。

ところが僕は、子供のころから高いところがあまり得意ではなかったので、鉄棒に座ること自体が一苦労。そこから後ろに回ることなんて、どう考えてもできる気がしなかった。「いくぞ! いくぞ!」と自分に声をかけて励ますものの勇気を出せずに、ただ鉄棒に座ったまま時間だけが過ぎていく。そして友人から「○○は、この前の放課後にできるようになった」という報告を聞く度に、先を越された焦りと悔しさと切なさが混ぜこぜになって胸の奥のあたりが、きゅっと締め付けられるような気分になったものだった。

あの日は、半袖から出ていた腕が少し肌寒く感じていたのを覚えているから、たぶん初秋のころだったと思う。僕は、小さなブランコと鉄棒がある近所の公園に一人で練習にきていた。いつものように鉄棒の上に座り、真っ赤に染まった夕焼けの空を眺めていた時、ふいに「今日できなければ、一生できないかも」という衝動に襲われた。「チャンスは今日しかない。今日できなければ明日も明後日も無理。二度とチャンスはない」と、切羽詰まるような感覚だった。夕焼けと肌寒い空気が、そんな風に思わせたのかもしれない。よくはわからないけれど、背中側から誰かに決断を迫られているような、何か重いものにのしかかられているような、そんな感覚で小学生の僕の頭の中はいっぱいになっていた。
鉄棒の上で、葛藤の時間をしばらく繰り返した後、僕はついに意を決して「腰掛け後ろ回り(仮)」を実行した。僕の身体は、拍子抜けするほどあっさりと鉄棒を軸に回転して地面に着地した。うれしい、というよりも「なんだ、これならもっと早く挑戦すればよかった」の気持ちの方が強かったように思う。


芥川龍之介の「トロッコ」を読んだのは、中学生の時。この小説を読み終わった時、僕の頭のなかには「腰掛け後ろ回り(仮)」に初めて挑戦した時のことが思い浮かんでいた。あの時、一人で鉄棒に腰掛けていた僕の気持ちと「トロッコ」の主人公が一人で夕闇…