「報告 宮澤賢治」読書の記憶(八十三冊目)
新幹線の中から、虹が見えた日
大学を卒業した時の話。私は新幹線に乗って実家のある仙台市に向かっていた。まだ就職も決まっていなかったし、これからどのような方向に進むかさえも決まっていなかった。アパートを引き払って実家に帰る事に決めたのは自分自身だったけれど、本当にこれでいいのか、もう少し東京で粘ってみたらよかったのではないか、などと色々なことを考えていた。
わざわざ駅の改札まできて、見送ってくれた大学の友人と別れたばかりということも物寂しさをいっそう強くしていた。今後「彼らと絶対に会う事はない」というわけではないけれども、次に会うのはいつになるかわからない。
確かに、東京と仙台は新幹線で二時間もあれば移動はできる。でも、そういうことではない。みんなと私の間には見えない境界線が、しっかりと引かれてしまっている。すでに借りていたアパートの鍵は不動産屋に返してしまった。あの部屋に入って眠ることは、もう二度とないのだ。
確かに、東京と仙台は新幹線で二時間もあれば移動はできる。でも、そういうことではない。みんなと私の間には見えない境界線が、しっかりと引かれてしまっている。すでに借りていたアパートの鍵は不動産屋に返してしまった。あの部屋に入って眠ることは、もう二度とないのだ。
私は、そんなことを考えながら、一人で新幹線のシートに座っていた。本を読むわけでも音楽を聴くわけでもなく、ただ一人で座っていた。福島を過ぎて、宮城に入る直前だった。近くの席から「虹だよ!」という弾んだの声が聞こえてきた。私は反射的に窓の外を見た。そこには、空に向かって立ち上がる虹の姿があった。
さつき火事だとさわぎましたのは虹でございました
もう一時間もつづいてりんと張つて居ります
宮澤賢治「報告」
宮澤賢治「報告」