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「はじめてのキャンプ 林明子」読書の記憶(八十八冊目)

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はじめてのキャンプが、僕の価値観を決定づけた。
小学四年生の時の話。同じクラスにボーイスカウトに入隊しているS君がいた。夏休みが近くなった頃、Sくんに「キャンプに行かないか」と誘われた。詳しく話を聞くと、ボーイスカウトの夏キャンプがあり、そこに一般の人も体験参加できるということだった。特に夏休みの予定がなかった僕は、誘われるまま参加することにした。そしてこれが僕の「はじめてのキャンプ」になった。

圧倒的な開放感と自由な世界「キャンプはすごい!」 キャンプの日程は一泊二日だったと思う。ここでは、学校や親には「危ないからやめなさい」といわれそうなことも「さあ、気をつけてやってみよう!」と背中を押してくれる。靴のまま川に入ってびちょびちょに濡らしても、シャツが汚れて泥だらけになっても、怒る人はいない。夜はキャンプファイヤーで歌って過ごし、朝は飛び起きてすぐにイベントが始まる。とても二日間とは思えないような充実した時間が過ぎ、圧倒的な開放感と自由な世界を満喫したのだった。
今から考えれば、ちょっとした野外でのレクレーション程度の内容だったのかもしれない。それでも、野外で遊ぶ経験が少なかった当時の僕にとって、すべてのイベントは未体験でワクワクする新鮮なものばかりだった。「キャンプはすごい! おもしろい! また行きたい!」と、夏休みの作文にわくわくする気持ちを綴ったことを覚えている。


平らな地面と、抜けるような空。 あれから数十年の時間が流れた。今でも、年に何度かキャンプに出かけていく。小さなテントと最小限の煮炊きができる道具を持って、車に乗って出かけていく。一泊では物足りない。二泊なら、ちょっとゆとりができる。三泊くらいがちょうどいい。

社会人になると、なかなかまとまった休みは取れないけれども、それでも日程を組んで出かけていく。山奥で人気がなくて、設備はボロボロでも平らな地面と抜けるような空のテント場を見つけると、わくわくする。



林明子の「はじめてのキャンプ」を読んだ時、ここに書いたことを思い出した。僕にとっての「はじめてのキャンプ」は、あの夏のキャンプであり「キャンプの原風景」なのだ。

「はじめてのおつかい 林明子」読書の記憶(六十九冊目)

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小学1年生の時の話。いやもしかしたら幼稚園の時だったかもしれない。記憶が曖昧だけれども、たぶん小学1年生の時の話だったと思う。母親から、肉屋に買い物へ行くように頼まれた。まさに「はじめてのおつかい」というやつである。母親は僕に「今日はカレーを作るから、お肉を買ってきて」と説明したあと「牛肉のカタロース300グラムください」という台詞を覚えさせた。僕は、それを何度も繰り返しながら、一人で歩いて近所の肉屋に向かった。
肉屋のカウンターに到着した僕は、そこに立っている店員を見上げるようにして「牛肉のカタロース300グラムください」と呪文を唱えるように言った。この呪文を唱えさえすれば、僕の役割は終了だ。あとは店員から肉の入った袋を受け取って帰るだけのはず。僕は手の中にあるお金を確認しながら、店員の返事を待っていた。
店員は僕に向かって「牛肉の肩ロース?何を作るの?」と聞いてきた。僕はカレーを作ると答えた。店員は「カレー? 豚じゃなくて牛でいいの?」と尋ねてきた。当時の僕は、カレーに牛肉と豚肉のどちらを使うのかなんて全くわからなかった。何と返事をすればよいかさえ、わからなかった。仕方がなく僕は「牛肉のカタロースください」と、母親から教わった言葉を繰り返した。
店員は、大丈夫かしら? と言うような表情をしてから「お母さんは?」と僕に聞いた。僕は、いないと答えた。その店員が横のほうにいた他の店員と「この子、カレーを作るのに牛の肩ロースが欲しいって言ってるんだけど。豚じゃないのかね?」と話しているのが聞こえてきた。
僕は次第に、もしかして「牛肉のカタロース」と言う言葉が間違っていたのじゃないかと思い始めてきた。もしかしたら「豚肉のカタロース」だったかもしれない。どうしよう。でも確かにここまで歩いてくる途中、ずっと「牛肉のカタロース」と言い続けてきたはずだ。しかしもうすでに自信はない。「豚肉のカタロース」だったような気もしてくる。
結局その店員は「牛肉のカタロース」の入った袋を渡してくれた。「もし豚だったら交換するから、レシートと一緒に持ってきて」とも言ってくれた。僕は袋を持って家に帰った。急いで帰った。そして母親に「牛肉のカタロースを買ってきたけどこれでいいんだよね」と聞いた。母親はそれでいいんだよと答えた。ああ、やっぱり間違っていなかった正解だったと、ほっとした。

先日宮城県美術館で開催さ…