「変な音 夏目漱石」読書の記憶(六十二冊)
大学生の時に、一人暮らしをしていた時の話。夜部屋にいると、隣の部屋の方から音がした。小さなボールを壁に投げて当てているような「コンコン」という音だった。初日は、隣の人が部屋の壁に向かってスーパーボールでも投げて遊んでいるのだと思った。そこまで大きな音でもないので、特に気にもしなかった。翌日も、ほぼ同じ時間に同じような音がした。次の日も続いた。その音は五日間くらい連続で続いた。少し気になってきたので、バイト先の先輩にその話をしてみることにした。
うとうとしたと思ううちに眼が覚 めた。すると、隣の室 で妙な音がする。始めは何の音ともまたどこから来るとも判然 した見当 がつかなかったが、聞いているうちに、だんだん耳の中へ纏 まった観念ができてきた。何でも山葵 おろしで大根 かなにかをごそごそ擦 っているに違ない。自分は確 にそうだと思った。(夏目漱石 変な音より)
「オレの部屋でも、朝になると『ドスン』という音がするんだよ」と休憩室でタバコを吸いながら先輩は言った。
「ドスン、ですか?」
「うん。上の階の人なんだけどね、目が覚めたらベットの上から床に飛び降りる癖があるらしくてさ。だいたい同じ時間に、ドスンという音がするんだ」
「毎日だと気になりますよね」
「まあ、もう慣れたけどね」
その日、家に帰ると、隣の部屋から「コツコツ」の音は聞こえてこなかった。翌日も聞こえなかった。不思議なもので、聞こえなくなると逆に気になるものだ。そろそろ聞こえてくる時間かな、と期待して待ってみても、やはり音はしなかった。そして、気がつくと音はしなくなっていた。
うとうとしたと思ううちに眼が