読書の記憶 七十六冊目 「太宰治との一日 豊島与志雄」


少し前の話。その時私は自宅で一人作業をしていた。知り合いのSさんから「今大丈夫ですか?」とメールが届いた。まもなく22時になるところだった。Sさんからその時間帯に相談を受ける事は滅多にないので、何かあったのだろうか? と、こちらから電話をかけてみることにした。

「仕事で色々あって。なんだかほんとにごちゃごちゃして」Sさんは、ここ数日の間のできごとを話し始めた。しかし数分もすると、話題は別のものに変わっていた。結局30分ほど話をしたと思う。Sさんは、なんとなく軽やかな声になって電話を切ったのだった。



「今日は愚痴をこぼしに来ました。愚痴を聞いて下さい。」と太宰は言う。

(中略)

然し、愚痴をこぼしに来たと言いながら、それだけでもう充分で、愚痴らしいものを太宰は何も言わなかった。──その上、すぐ酒となった。(太宰治との一日 豊島与志雄より一部抜粋)



おそらくSさんは、誰かと話をしたかったのだと思う。夜遅い時間になっていたけれども、私ならば、この時間でも何かしていることが多いので大丈夫だろう、と思って連絡を寄越したのだと思う。

明確なアドバイスが必要な時もある。厳しく批評されることで考えがまとまることもある。それでも「ただ自分の話を聞いてくれる相手がいる」ことを確かめるだけで、大抵の出来事は乗り切れるのではないか。話を聞いたり、聞いてもらったり、そんな相手がいてくれるのなら百人力なのだと思う。

「太宰治との一日 豊島与志雄」を読んでそんなことを考えました。

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