読書の記憶 三十六冊目 「微笑 芥川龍之介」

中学三年生の初夏。友人と地元の海へ行くことになった。部活動も引退し、時間と体力をもて余していた僕たちは「受験勉強」という課題はひとまず横において「せっかくの夏なのだから、少しくらい夏らしいことをしておこう」と、海へ遊びに出かけたのだった。

着替えを終えると同時に、野球部のKが海の方へ向かって走って行った。Kは全力で波打ち際に走り込み、打ち寄せる波に足をすくわれて見事に転んだ。その転ぶ様子が絵に描いたような豪快な転び方だったので、僕たちは声を揃えて笑った。

Kはニヤニヤしながら、こちらへ戻ってきた。その様子を見た同じ野球部のMが「K、おまえ太ったな」と言った。確かに、部活を引退してまだ数ヶ月だというのに、Kの身体は太り始めているように見えた。Kが何と返事をしたかは忘れてしまった。「そうなんだよ」と肯定したような気もするし、ただニヤニヤと笑っていただけのような気もする。くわしくはもう忘れてしまった。

芥川の「微笑」を読んだ時、この時のKの様子が頭に浮かんできた。全力で砂浜を走っていく、後ろ姿が思い出されてきた。彼は今頃、だいぶ貫禄のある体型になっているだろうか。いやいや、他人のことは言えない。自分も最近ちょっとまずいのだ。

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