「奥の細道 松尾芭蕉」読書の記憶(八十冊目)


中学校の野外活動に参加した時の話。スケジュールの中に「オリエンテーリング」があった。森の中をチームで歩き回り、指定のポイントを通過しながらゴールを目指していくアレだ。

その時設置されていたポイントのひとつに「今の状況を俳句にしなさい」と、いう課題があった。「俳句」と聞いて頭に浮かんだのが、国語の時間に目にした松尾芭蕉の


閑さや岩にしみ入る蝉の声
夏草や兵どもが夢の跡


だった。そこで私は「~や」で一度切って、あとにリズムの良い言葉を並べれば「それっぽい」ものになるのではないか、と考えた。実際にやってみた。内容はともかくとして、なんとなく形になったような気がした。

私の俳句(のようなもの)を見た友人が「いいね。ウチのも作ってよ!」と言ってきた。私は、ああいいよ、と同じような出まかせの俳句を作った。友人は「いいね!」などと言いながら特に内容も吟味せず、そのまま提出する紙に書き込んでいた。


オリエンテーリングが終わり、宿舎前の広場で全体集会があった。先生が前に立ち講評を話している中で「俳句を作る課題があっただろう。あとで国語の○○先生に選んでもらって、優秀なものを発表するから」と言った。

私は「友人に書いてあげた俳句が選ばれたら、どうなるのかな?」と思った。もしそうなったら友人は「実はこれ、サトー君に考えてもらって」と正直に言いそうな気がした。あの当時は「先生が教室に入ってくる前に席に着いていなかった」程度のことで、頭に拳骨をもらうような時代だったから「代筆がバレたら、ひどく殴られるのではないか」と考えると、背中のあたりがムズムズした。

野外活動が終わり、学校に戻った。何かの配布資料の中で「優秀な俳句」が発表になった。当然、私の考えたものは選外だった。怒られる以前に、選ばれるレベルではなかったのだ。友人も私が代筆したことなど、すっかり忘れているようだった。すべては杞憂。まあ、そんなものである。



今年の4月に山寺へ行った。階段を上がっている時に「閑さや〜」の句が頭に浮かんだ。そしてここに書いたことを思い出した。同級生達は、今どこで何をしているのだろう。とりあえず、元気に過ごしていてほしいと思う。

関連:湯殿山へ行く(旅日記)

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