【番外編】「6月19日は、何の日ですか?」

大学生のころの話。授業の最初に先生が「今日は何の日か知っていますか?」と問いかけてきた。僕は、頭の中にある記憶を探ってみた。そういえば、以前予備校で聞いた話の中に…。いや、違ったかな。そんなことをぼんやりと考えていると、先生は机の上の名簿を手に取り「では、○○さん。今日は何の日か知っていますか?」と指名をした。

「○○さん」は、そう、僕の名前だった。僕は頭の中にある曖昧な答えを口にしてみようか、いやいや間違ったことを言うくらいならば黙っていた方が良いのではないか、と一瞬のうちに考えを巡らせた。そして「確実ではない答えを提示するくらいなら、沈黙していた方がよい」という結論に達した。正しいかどうかだけではなく、何かを考えているのなら発言を試みるのが学びの場だというのに、中途半端な恥かしさを恐れた僕は沈黙することを選んだのだった。

僕は「わかりません」と答えた。先生は、別の生徒の名前を口にした。その人も、わからない、と答えた。先生は特に失望した様子も見せずに「今日は桜桃忌です」と言った。ああ、そうだ。たしかに、いまごろの時期だった。何度か目にしていた情報だというのに、すっかりと忘れていた。日本文学の授業なのだから、文学に関する話題に決まっている。なんて情けない…。と、思ったのだった。

それ以来、6月19日が桜桃忌だという情報が、僕の頭の中には情けない体験と共にしっかりと刻まれることになった。そして、いつかどこかで誰かに「そういえば、太宰が亡くなった日って・・・」と聞かれた時に「桜桃忌。6月19日」と間髪入れずに答えられるようにしようと心に決めた。

あれから20年近い年月が過ぎた。今までに「6月19日」について質問されたことは一度もなかった。それでも、いつかまた聞かれる時のために、即座に答えられる準備だけはしておこうと毎年この時期になる度に思うのだった。

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