読書の記憶 七冊目:伊豆の踊子(川端康成)

「16歳の誕生日」というと、あなたは何を思い浮かべるだろうか?
僕にとっての16歳の誕生日は「原付免許が取れる日」だった。とにかく早く原付に乗りたい。バイクに乗りたい。1日でも早く。早く。そんな風に指折り数えて待ちわびた誕生日がやってきて、僕は一目散に試験場へ向かい免許を収得したのだった。その後、バイクの魅力にとりつかれて、レストランの皿洗いで貯めた資金でヘルメットを買い教習所の代金を支払い、念願のバイクへ乗ることになるのだけど、その話はまた別の機会に書くことにしよう。

さて、そんな風にして16歳早々に原付の免許を手にした僕の最初の相棒は、自宅にあったHONDAのロードパルだった。名車である。ほんとうにオンボロだったけれど、トロトロしかスピードが出なくて後ろから車にクラクションを鳴らされたりもしたけれど、すばらしく楽しかった。今まではバスや電車でしか行けなかった場所へ、行きたい時に行きたい道を通って自分の意志で、目的地まで走っていくことができる。もちろん、移動範囲はたかがしれているけれど、それでも当時の僕にとっては「とんでもなく世界が広がった」瞬間だった。誇張でも詩的な表現でもなく文字通り「自由を手にした」と思っていた。そう、16歳の僕は心からほんとうにそう感じていたと思う。

休みの前日に地図を眺めながら、目的地を決める。あまり車が多くなくて、原付でも走りやすいところ。インターネットなんてなかったから、紙の地図に定規をあてておおまかな距離を計算していく。その頃の僕の興味は「一日で可能な限り長い距離を走る」というところにあったので、観光スポットを巡るというよりは、知らない道をできるだけ遠くまで走るというルートが多くなった。食費を削ってガソリン代にして、目的地周辺のコンビニに立ち寄ってスクーターの椅子に座って、ふう、と缶コーヒーを飲む。缶コーヒーなんて、どこで飲んでも味は同じだけれど、そんなことが自分にとっては「さいこうにうれしくて、おいしいこと」だったわけである。

そして、今でも僕が旅をする時は(移動手段はバイクから車へとかわったけれど)基本的に同じような考えのままでいる気がする。「一度も走ったことがない道を、できるだけ遠くまで」そう、たぶん僕は自分で運転した乗り物で「ずっと走っている」という時間が好きなのだと思う。


川端康成「伊豆の踊子」の主人公は、旅先で旅芸人の一座と道連れになる。そこで出会った踊子と共に旅を続けながら、凝り固まっていた自分の心が少しずつほぐれていくような感覚を覚える。主人公は踊子と共に歩くことで思考し、自分の心を眺め、そして何かに気づいたのかもしれない。それはもしかして、僕が「走っている」時に感じていることと少し似ている部分があるのかもしれない。

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