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最終回「明暗 夏目漱石」読書の記憶(百冊目)

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受験生だった時の話。受験勉強は好きではなかったけれど「文学史」は面白かった。「受験が終わったなら、ここに紹介されている作品を片っ端から読んでやろう」そう考えていると、わくわくした。未踏の地に挑戦する冒険家のように、その先に早く足を踏み入れたくて仕方がなかった。

大学生になった僕は、最初に夏目漱石から読み始めることにした。新潮文庫を一冊ずつ購入して、次から次へと読んでいった。まだ理解できない部分や、読み取れない部分も多かったけれど、その世界の中に浸っていられることが嬉しかった。

読書は順調に進み、あとは「明暗」を残すだけとなった。僕は書店で明暗を購入し家路についた。部屋のテーブルの上に置いた。いつものように読み始めようとした時、僕の頭の中に「これが漱石が書いた、最後の小説なのだ。これを読んでしまえば、もう未読の作品はなくなるのだ」という考えが浮かんだ。

漱石は「明暗」を執筆中に亡くなった。つまり明暗は未完の絶筆である。最後まで読み終えたとしても、それは「最後」ではない。その先を読めることは永遠にない。うまく表現することはできないのだが、今は読まない方がいいような気がする。読む事によって何かが失われるような気配がある。僕は明暗を開かずに、本棚に並べた。


始まりがあれば、終わりがある。始まりがあれば、終わりがある。もしもこの世界に変わらない真実があるとするならば「永遠なるものは存在しない。変わり続けることだけが真実だ」と書いてみたい。そして、これさえも変わり続けていくことは疑いようのない事実なのだ。

100冊を目指して書き始めた「佐藤の本棚」は、今回で100冊となった。100冊に到達した時、自分がどのような感覚を得られるのが楽しみだった。少なくとも達成感や充実感(のようなもの)は、ささやかながらも感じることができるだろうと期待していた。

しかし実際に到達してみると、意外なほどに「何もない」ことに気がつく。比喩でも誇張でも斜に構えているわけでもなく、本当に何もない。何もないのに無理やり何かを書く必要もないと思うので、これで終わりにしたいと思う。(佐藤の本棚 完)



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夏目漱石 掲載作品
三四郎こゝろ夢十夜坊っちゃん虞美人草私の個人主義明暗

「鼻 芥川龍之介」読書の記憶(九十九冊目)

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中学1年生の時の話。まもなく夏休みが終わろうとしている、八月も末のころだった。クラスメイトのSから「明日、委員長の家に遊びに行ってもいいか」と連絡があった。(その時僕は学級委員をしていたので、みんなから委員長と呼ばれていた) 特に用事もなかった僕は、いいよと答えた。

翌日の午後、SはクラスメイトのOと一緒にやってきた。Sは僕の部屋にくるとすぐに「読書感想文の小説を貸してくれ」と言った。どんなのがいい? と聞くと「有名なやつで、短くて、面白いやつ」という。僕は、そんな都合の良いものはないよ、と言いながら、夏目漱石の「坊っちゃん」を本棚から取り出してSに手渡した。

Sは「夏目漱石? うん、これは聞いたことがある」といいながらパラパラとめくると「長すぎる! こんなの読み終わるまでに夏休みが終わってしまう」と突き返してきた。このくらい頑張って読めよ、と言っても全く興味を示さなかったので、次に僕は芥川龍之介の「鼻」を見せた。

「鼻」のページ数を確認したSは「うーん、このくらいなら読めそうだ」と言った。そして「これ、委員長は読んだんだよね?」と確認してきた。  読んだよ、と僕は答えた。「どんな話か教えてくれよ」とSが言った。すると横にいたOが「内容を教えてもらったら、読書感想文にならないだろう」と言った。Sは「ちゃんと読むけどさ、すこし教えてもらった方が書きやすいと思ってさ」などと、よくわからない理由をごにょごにょと繰り返した。

Sは「じゃあ、これ借りるよ」と鞄の中に本を入れると、Oに「お前は借りなくていいのか?」と言った。Oは、僕は書き終わったからいいんだ、と言った。何を読んだんだよ、とSが聞いても、Oはニコニコと笑いながらはぐらかすようにして、読んだ本の題名を教えてくれることはなかった。


人間の心には互に矛盾した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。所がその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。(芥川龍之介 鼻より)


夏が終わりに近づく、ちょうど今くらいの時期になると、時々ここに書いたことを思い出す。中一の冬に転校してしまった僕は、あれから二人には会っていない。たぶん再会したとしても、お互いを認識できないと思う。それでもどこかで会う機会があるとするならば、Sには「鼻」の感想をOには何の本を読んだ…

「夏と悲運 中原中也」読書の記憶(九十八冊目)

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中学一年生の時の話。音楽の時間だった。授業が始まり、先生が教壇に立ち説明を始めた。ふいに先生と目があった。僕は、なんとなく苦笑いをした。特に何かがおかしかったわけでも、反抗的な態度を示したかったわけでもない。ただ先生と目があったのがなんとなく気まずかったので、反射的に口元緩めてしまったのだった。よくある話だと思う。

しかし音楽の先生は「それ」を見逃さなかった。あからさまに顔色を変え、僕に教室の前に出てきなさいと言った。そして教壇の前に立たせると「何がそんなにおかしいんだ」と言った。僕は「おかしかったわけではなくて、なんとなく笑ってしまいました」と答えた。正真正銘、これが素直な気持ちだった。 

先生は「何も面白くなくて、笑うわけがない」「何が面白かったのか説明しなさい」と追求してきた。どんなに追求されても、本当に意味がなかったのだから説明のしようがない。僕は、意味はありません、を繰り返した。

しかし先生は一向に納得しない。「理由もなく笑う人はいない」「先生はその理由が知りたい」「説明するまで授業はしません」と追求を続け、僕は「特に理由はありません」を繰り返すことになった。

何度かこの問答を繰り返した後、先生は「今日はもう授業する気分ではない。ここで終りにする」と授業の終了を宣言し、教科書を抱えて教室から出て行ってしまった。わずか10分くらいで授業が終わってしまった。教室には、奇妙な静けさだけが残った。

僕は、教室を出て職員室へ向かった。椅子に座っている先生のところに行き、「すみませんでした。授業をして下さい」と謝罪をした。 先生は「今日はもう授業をする雰囲気じゃないから終わり」と、全く相手にしてくれなかった。仕方なく僕は教室に戻った。みんなの前で、今日の授業はこれで終わりだと告げた。誰も何も言わなかった。そのまま時間が過ぎ、授業を終えるチャイムが鳴った。


夏と悲運 中原中也
唱歌教室で先生が、オルガン弾いてアーエーイーすると俺としたことが、笑ひ出さずにやゐられなかつた。 
(中略)
すると先生は、俺を廊下に立たせるのだつた。俺は風のよく通る廊下で、随分淋しい思ひをしたもんだ。俺としてからが、どう反省のしやうもなかつたんだ。(夏と悲運 中原中也より)


中原中也「夏と悲運」 を読んだ時、ここに書いたことを思い出した。今ならば、先生がなぜ授業を中断したのか、わかるような気がする。…

「同じ星 太宰治」読書の記憶(九十七冊目)

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小学生の時の話。同じクラスに「誕生日が同じ」男子が2人いた。彼らは双子でも親戚でもないのだが、偶然誕生日が同じなのだった。2人は、そんなに仲が良いわけではなく、見た目に共通点もなく(当然である)1人はおとなしく内向的で、もう1人は運動が好きな活発な男子だったと記憶している。

誕生日が同じという事は、いわゆる星座とか、そのような占いも同じなわけで「今日は、しし座のあなたはラッキー」とあれば2人とも喜ぶし「今日は、しし座のあなたは注意が必要な1日」とあれば、2人ともなんとなく落ち込むのである。誕生日は一生変更できないから、二人は一生同じ占いの結果を目にし続ける。冷静に考えてみると、なかなかシュールな風景ではないか。
同じ星 太宰治文藝年鑑に依つて、君が明治四十二年の六月十九日に誕生した事を知つた。實に奇怪な感じを受けた。實は僕も明治四十二年の六月十九日に誕生したのである。この不思議な合致をいままで知らずにゐたのは殘念である。飮まう。君の都合のよい日時を知らせてくれ。僕は詩人である。(同じ星 太宰治より)

太宰治「同じ星」を読んだ時、ここに書いたこと思い出した。現在私は、どちらとも交流がない。彼らがどのような環境で過ごし、どのような考えを形成し、どのような人生を送ってきたかを確認することはできない。ただ、彼らも私もみんな、それぞれ元気で、いつの日かどこかで、偶然に出会えたらおもしろい。その席で、それぞれの人生を照らし合わせながら、あれやこれを話してみたい。そんな日がくることを、楽しみにしたいと思う。


太宰治人間失格思ひ出富嶽百景トカトントン皮膚と心I can speak一問一答兄たち同じ星

「漱石と倫敦ミイラ殺人事件 島田荘司」読書の記憶(九十六冊目)

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大学生だった頃の話。漱石の「永日小品」を読んでいた時、僕の目はある一文に釘付けになった。


「いつかベーカーストリートで先生に出合った時には、鞭を忘れた御者かと思った」 (永日小品 夏目漱石より)

「ベーカーストリート!? シャーロックホームズじゃないか!」資料を調べてみると、漱石が個人授業を依頼して通っていたクレイグ先生の家は、ベイカー街の一本隣の道にあった。漱石はクレイグ先生の家に向かう際に、ベイカー街を歩いていたのだった。

さらに面白いことに、漱石が英国留学に出発したのは1900年の9月。シャーロックホームズが活躍していた時期とも一致する。もしかして、漱石はベイカー街でホームズとすれ違っていたのかもしれない……。もちろん実在の人物(漱石)と架空の人物(ホームズ)が出会うなんて、ありえない。そのくらいのことは、いくらなんでも自覚している。

それでも、場所と時代がここまで一致してしまうと想像が広がってしまうのは致し方ない。いつの日か、ロンドンを訪問する機会があれば、漱石とホームズの事を思い浮かべながらベイカー街を歩いてみたい。そんなことを考えているうちに、予想以上に時間が過ぎてしまっていた。今のところ、イギリスへ行く予定はない。それでも旅に出かける時は、いつだって急に決まることが多いので、旅立ちの心構えだけはしておこうと考えている。




島田荘司「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」
島田荘司氏の「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」は、ロンドン留学中の漱石とホームズ、そしてワトソンが出会い、事件を解決するという設定の作品である。


 「失礼しましたナツミさん、何かお困りのことでもありましたか? ずいぶん遅くまで読書や書き物をなさるようですが、そのこと関連のあることですかしら」 
ホームズがいきなりそう言ったので、日本人はひどく驚いた様子である。 
「どこかで私のことをお聞き及びですか」 (漱石と倫敦ミイラ殺人事件 島田荘司より)


先日、ひさしぶりに「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」を読み返してみた。漱石とホームズ、そしてワトソンが会話をしている情景が、最初に読んだ時よりもリアルに頭の中に浮かんできた。漱石は戸惑い、ワトソンは親身でやさしく、ホームズは猛然と馬車を走らせる。たぶん、三人はあの時のあの場所で出会っていたに違いない。いやきっと、そうなのだと思う。




夏目漱石 掲載作品
三四郎こゝろ夢十夜坊っちゃん虞美人草私の個…

「性に眼覚める頃 室生犀星」読書の記憶(九十五冊目)

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高校生のころの話。僕は「文学史」のテスト対策として、作品と作者名を暗記していた。「蟹工船 小林多喜二」「田園の憂鬱 佐藤春夫」「太陽のない街 徳永直」「山椒魚 井伏鱒二」・・・。そこには、まだ読んだことのない作品がずらりと並んでいた。僕は作品名から内容を想像したり、語呂合わせをしたりしながら、苦手な暗記を繰り返していた。

その中でも、圧倒的に覚えやすかったのが、室生犀星の「性に目覚める頃」だった。「抒情小曲集」は覚えるのに苦労したが「性に目覚める頃」は、ストレートに頭の中に入ってきた。題名から想像するに官能的な内容なのだろうか? いや「目覚める頃」だから少年期から青年期にかけての時期の作品だろう。そうすると、少年の妄想を中心とした作品で・・・いや、室生犀星は詩人だから、悲しみを含んだ「性」なのかもしれない。

そんなことを考えながら「室生犀星 = 性に目覚める頃」は、わずか数秒で頭の中に叩き込まれたのだった。ちなみに、実際にテストに出題されたかどうかは忘れてしまった。「抒情小曲集」は、模試か何かで出題されたような気もするが、はっきりとは覚えていない。


この犀川の上流は、大日山という白山の峯つづきで、水は四季ともに澄み透って、瀬にはことに美しい音があるといわれていた。私は手桶を澄んだ瀬につき込んで、いつも、朝の一番水を汲むのであった。上流の山山の峯うしろに、どっしりと聳えている飛騨の連峯を靄の中に眺めながら、新しい手桶の水を幾度となく汲み換えたりした。(性に目覚める頃 室生犀星より)


今年の五月の連休を利用して、金沢へ旅をした。旅先では、室生犀星が生活をしていた雨宝院を訪問した。住職から犀星についての説明を伺いながら、旅から帰ったら作品を読み返してみようと考えていた。

先日、時間ができたので「性に目覚める頃」を手に取った。住職に「ここが、当時の気配を色濃く残している場所です」と案内していただいた堂内の風景が頭に浮かんだ。塗香をして御本尊に手を合わせた時の香りの記憶も、ほのかに蘇ってきた。それは、やさしくも内に強い熱量を持った、あの青年期の気配に、どこか似ているような気がした。

「厠のいろいろ 谷崎潤一郎」読書の記憶(九十四冊目)

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今回は「厠 =トイレ」についての話である。清涼(?)な話ではないので、気になるような状況の人は、ここから先をお読みになる事はお勧めしない。

……読み進めているという事は、あなたは今「トイレ」の話をされても大丈夫と言うことですね? では続けていきたいと思う。
ボットン便所と、バキュームカー小学生の頃の話。その当時、私の家族が住んでいた借家は、水洗ではなく汲み取り方式のトイレだった。いわゆる「ボットン便所」というやつである。汲み取り式の便所は、アレが一定量貯まるとバキュームカーに来てもらって、汲み取ってもらうことになる。作業を始めたバキュームカーからは、独特の匂いが周囲に漂ってきて、下校途中にバキュームカー見つけたりすると「逃げろ!」と、息を止めて走り去ったものだった。
ある日のことだった。自宅のトイレの汲み取り口に、見たことがない厚手のゴム手袋が置いてあった。バキュームカーの人が、作業後に忘れていったのだった。私は「この手袋がなければ、作業ができないのではないか」と子供ながらに心配した。予備の手袋はあるのだろうか? それとも軍手などで代用するのだろうか? 
私は母親に「バキュームカーの人が手袋を忘れていった!」と報告した。母親は「ああ、忘れたのね」と言うと、地面に落ちていた手袋を拾って、臭気を抜く煙突(臭突というらしい)にぶら下げた。そして、その状態のまま数日が過ぎ、いつのまにか手袋は、そこからなくなってしまっていた。

便所の匂いには一種なつかしい甘い思い出が伴うものである。 (厠のいろいろ 谷崎潤一郎より)

谷崎潤一郎「厠のいろいろ」を読んだ時、ここに書いたことを思い出した。そして思い出した瞬間、鼻の中にあの独特の匂いが戻ってきたような気がした。