「はじめてのおつかい 林明子」読書の記憶(六十九冊目)
小学1年生の時の話。いやもしかしたら幼稚園の時だったかもしれない。記憶が曖昧だけれども、たぶん小学1年生の時の話だったと思う。 母親から、肉屋に買い物へ行くように頼まれた。まさに「はじめてのおつかい」というやつである。母親は僕に「今日はカレーを作るから、お肉を買ってきて」と説明したあと「牛肉のカタロース300 グラムください」という台詞を覚えさせた。僕は、それを何度も繰り返しながら、一人で歩いて近所の肉屋に向かった。 肉屋のカウンターに到着した僕は、そこに立っている店員を見上げるようにして「牛肉のカタロース300グラムください」と呪文を唱えるように言った。この呪文を唱えさえすれば、僕の役割は終了だ。あとは店員から肉の入った袋を受け取って帰るだけのはず。僕は手の中にあるお金を確認しながら、店員の返事を待っていた。 店員は僕に向かって「牛肉の肩ロース?何を作るの?」と聞いてきた。僕はカレーを作ると答えた。店員は「カレー? 豚じゃなくて牛でいいの?」と尋ねてきた。 当時の僕は、カレーに牛肉と豚肉のどちらを使うのかなんて全くわからなかった。何と返事をすればよいかさえ、わからなかった。仕方がなく僕は「牛肉のカタロースください」と、母親から教わった言葉を繰り返した。 店員は、大丈夫かしら? と言うような表情をしてから「お母さんは?」と僕に聞いた。僕は、いないと答えた。その店員が横のほうにいた他の店員と「この子、カレーを作るのに牛の肩ロースが欲しいって言ってるんだけど。豚じゃないのかね?」と話しているのが聞こえてきた。 僕は次第に、もしかして「牛肉のカタロース」と言う言葉が間違っていたのじゃないかと思い始めてきた。もしかしたら「豚肉のカタロース」だったかもしれない。どうしよう。でも確かにここまで歩いてくる途中、ずっと「牛肉のカタロース」と言い続けてきたはずだ。しかしもうすでに自信はない。「豚肉のカタロース」だったような気もしてくる。 結局その店員は「牛肉のカタロース」の入った袋を渡してくれた。「もし豚だったら交換するから、レシートと一緒に持ってきて」とも言ってくれた。僕は袋を持って家に帰った。急いで帰った。そして母親に「牛肉のカタロースを買ってきたけどこれでいいんだよね」と聞いた。母親はそれでいいんだよと答えた。ああ、やっぱり間違